
そもそも屋台は、縁日やイベントの時に臨時的に出店する露店や、引き車などで移動するもの、夜間に常設的に営業するものなど、営業形態や取り扱い品目がさまざまです。また、保健所や警察などの営業許可を得ずに営業を行う屋台も少なからずあり、はっきりとその数を把握することは難しいようです。
福岡市においては市と県と警察とで屋台の規制と法的認可を行い、現在約680軒の屋台が登録されています。これは全国の屋台数の約4割と言われているそうです。福岡市は日本有数の屋台残存地なんですね。
福岡の屋台はなんといってもメニューが豊富。西洋料理や沖縄料理といった一風かわった屋台もあるそうです。でもやっぱり屋台と言えば、ラーメンや焼き鳥、おでん、鉄板焼きといった定番のメニューを置くお店が多く、それぞれの店のオリジナルの味やこだわりでファンをつかんでいます。

そもそも屋台は、江戸時代に江戸の町で握り寿司やそばなどの当時のファーストフードを提供しはじめたことがきっかけで、その後日本の飲食店の営業展開の一つにまで繁栄してきたと言われています。
福岡市の屋台は第2次世界大戦後、闇市をルーツとして生まれました。1960年頃には400軒の屋台が存在しましたが、その後は減少の一途を辿っています。この最大の要因は1994年に福岡県警が「屋台の営業は一代限り」という方針で、屋台の名義人または生計を共にする配偶者や子供でないと営業ができないことになっているからです。そのため、新たな屋台を出店することができず、屋台が増加することはなくなっているのです。
それでも、戦後は多くの都市に見られた屋台が消滅していったのに対し、福岡市では約160もの屋台が残っているのは、屋台事業者が1950年に「福岡市移動飲食業組合」を結成し、行政や警察に抵抗や交渉を重ねてきた結果だと言われています。
屋台には衛生面や道路使用、トイレ、周辺住民への環境問題などが山積しており、これらの問題の妥協・解決のため1960年代から現在に至るまで屋台側と行政側とで折衝が続いています。
その中で、1996年に学識者、地域住民、道路管理者を中心に「屋台問題研究会」が作られました。屋台問題を客観的に判断するためにアンケートやヒアリングを実施し、その結果研究会が条件付で屋台存続の方針を示したことが、屋台存続への大きな流れとなりました。これを受けて2000年に福岡市が「福岡市屋台指導要綱」を策定し、屋台に初めて道路占用許可を与え、屋台を規制しつつも合法的に認可することになったのです。

ただし、屋台は先述したとおり、現状では「一代限り」の条件があり、このままでは衰退してしまいます。この条件の緩和の理解を得ることや周辺飲食店に比べて極端に安い屋台の地代問題などの解決が求められます。観光資源としても福岡の風情としても価値のある屋台と、屋台の持つ問題と、その両面からの取り組みが今後、屋台の存続には不可欠となっています。
「じゃあ、締めに屋台にラーメン食べに行こうか!」という福岡の名物がなくなってしまわないように、今後の屋台と行政、市民との取り組みに注目していきたいですね。