
日本の古代史における最大のナゾといえば、何を思い浮かべますか?
やはり、女王卑弥呼が治めた邪馬台国がどこにあったのか?というナゾではないでしょうか。今年11月には「まぼろしの邪馬台国」という映画も公開され、さらに邪馬台国への国民的関心の高まりを見せています。
邪馬台国の時代、日本には他に存在していた国が約30ほどあったと言われていますが、そのうちの一つに伊都国(いとこく)があります。伊都国はナゾに包まれている邪馬台国と対照的に、その遺跡が発掘されました。そのため所在地や国の特徴などが明らかになり、日本の古代史をひも解く上で非常に重要な研究拠点となっています。
この伊都国があったとされている場所は、福岡県前原市と近隣の二丈町、志摩町、福岡市西区の一部まで含む糸島地区だと考えられています。実際、糸島地区からは多くの遺跡や古墳が発掘されており、この地域にかつて古代国家があったことをうかがわせます。
その中で特に有名なのは国指定遺跡の平原(ひらばる)遺跡です。平原遺跡は現在の前原市東部の瑞梅寺川と雷山川にはさまれた丘陵地にあり、ここから国宝にも指定された「内行花文鏡(ないこうかもんきょう)」が発掘されました。
平原遺跡は伊都国の王都であったとされている三雲・井原遺跡に隣接しており、方形周溝墓3基と、円形周溝墓2基が発見されました。この墓から多くの副葬品が発掘されたため、伊都国の王が葬られたのではないかと言われています。その副葬品の一つが内行花文鏡です。この鏡は直径が直径46.5cmもある日本最大の銅鏡で、5枚が出土しました。

ところで、平原遺跡で最も有名な内行花文鏡ですが、これは平原遺跡では見ることはできません。平原遺跡の東方面にある伊都国歴史博物館で実物を保管・展示しています。
実は、この鏡、面白いナゾがあるんです。
鏡は破片の状態で発見されたのですが、どうやらこれは長い年月を経て割れたものではなく、埋葬する前からすでに割られていたらしいんです。当時の鏡は現在の鏡とは意味合いが異なり、国の権力の象徴にもなるほどの貴重品。さらに、この鏡は大型で、これほどの鏡を作るのは当時としては最先端の技術を要したと考えられています。そんな貴重な鏡を、しかも5枚全てをなぜ割って埋葬したのでしょう?
このナゾは解明されていません。正解はないのです。
正解のないナゾに対して、思いをめぐらせるのが古代史の楽しみですね。
博物館には内行花文鏡が磨かれた状態のレプリカや割れた破片を組み立てるパズルなどもありかなり楽しめます。
また、博物館の4階は展望室になっており辺りが一望できます。遠くに背振山系の山々を望み、その下には田園が広がっています。こういった風景は、かつての伊都国もそうだったのかもしれません。

現在、この平原遺跡は「平原歴史公園」として整備されています。平原歴史公園には復元された墳丘を中心に、芝生広場や数々の出土品を再現した陶壁画、石堀ベンチが設けられています。駐車場もあるので車でのアクセスにも便利です。
四季を通じて歴史や自然に親しめる公園ですが、なんといってもオススメの季節は秋です。秋になると芝生広場の向側に地元の人が手入れしたコスモスが華やかに咲き誇るからです。秋晴れの空の下、お弁当を持って、ピクニック気分で芝生広場からコスモスを眺めたり、ごろんとくつろぐのはすごく気持ちが良さそうです。それにコスモス畑から望む古代遺跡は美しさとロマンを感じずにはいられません!
また、平原歴史公園内には江戸時代の古民家「旧藤瀬住宅」が復元、移築されています。茅葺、土壁造りの家は、中に入ると竈を備えた広い土間があり、そこから広間にあがることができます。広間の縁側から見える畑やコスモス畑は「まんが日本昔ばなし」のような世界です。
旧藤瀬住宅の古民家の縁側でくつろいだり、平原遺跡の芝生広場から風にゆれるコスモスを眺めたりして、ゆったりと懐かしい風情を感じてみませんか。
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